ワークショップでしていること

時々お店で、ワークショップをしております
タイトルが、感性を豊かにするための身体作りワークショップです。
でも、はやり何をしているのか、意味不明ですよね。

言葉にすると難しいのですが、少しだけ補足していきます

普通の人は、健康には興味がありますが、身体の事に関しては、恐ろしく興味がないですよね?興味が、あるとすれば、せいぜい外見の事で、見た目がかっこいいかどうかを問題にしていることが多いと思います。身体はファッションの一部として、痩せている方がいいとか、筋肉がついていた方が良いとか考えていると思います。

つまり、身体は生きて行くための、単なる枠組みというか、道具の一つとして捉えているのだと思います。

ですから、身体は、意思のコントロールに従ってほしいわけですし、思い通りに身体を動かせることを才能があると判断するわけです。さらに、この考えが進みますと、身体があるから自由がないと考え、身体を無にすることを精神で作り上げようと努力もしてみるわけです。
普通に行われている、稽古、トレーニング、演劇、などなど、意思でコントロールできる身体を目指してると思います。

ここまでは、常識的なことですがから、誰でもわかることですよね。

そこで、ワークショップでは、非常識なことをしております。笑。
要するに、意思でコントロールできない身体と出会える瞬間を大切にしましょうって、事です。このとき感性が豊かに発動するチャンスがあると考えるわけです。

もちろん、簡単なことではありませんし、一生無理なのかもしれません。でも、そこを目指して、日本の文化はつくられてきたんだなあって、思いますし、自分としても、たった一度の人生だから、その瞬間を味わって見たいと思っています。
ですから、ここからは、一人一人の価値観の問題ですが、
経済や合理化、効率化を目指して生きている人からしたら、こんなことは、ほんとに「糞」みたいなお話です。笑。もう、話し出した途端に、興味ありません!ってキッパリ拒否してくださる方もいらっしゃいます。それは、それで、とてもありがたいことです。
一方で、不思議な事に興味があったり、芸術ってなんだろうって考えたり、当たり前が嫌いな人、特に現状うまくいってなくて、何か手立てを探している人たちには、「宝」のつまったブラックホールみたいなところで、完全に底なし沼ですね。笑。ただ、足を踏み入れるには、それなりの勇気がいる事かもしれませんね。僕は、知らないうちに、ずっぽり沼にはまって、もう抜け出せません。そして、うすうす知っていましたが、自分の才能のなさに驚き、笑ってしまう。でも、不思議と絶望とかは、しないという、摩訶不思議な状態です。

だからね、もし自殺なんて考えている人がいたら、身体にはまってみたらいいと思うんですよ。自殺は、精神のなしえる人間だけの崇高な特権かもしれませんが、身体からみたら、笑ってしまうような側面のあるお話でもあるわけです。我あるゆえに、敵があるわけで、我があるゆえに自殺を考えるわけです。もちろん、自殺の沼にはまっている人は、それはそれで、抜け出すのは大変でしょうけど。こっちの沼にも一度入ってみたら良いですよ?って、そんな、簡単なお話ではありませんよね。
勝手な事をいってすみませんでした。

自分の枠を越える何かをしたいと考えたとき、前者は身体を消してのぞみ、後者は、精神を消してのぞむわけなのかな?ですが、やはり意思って奴は、そんなに強靱ではないよねって、昔の人は考えたんじゃないのかな?
ほら、鬼滅の刃 でも、意識不明のときに力を発揮する人、いませんでした?笑

室伏広治さんの本に書いてありますが、意思で身体をコントロールするばあい、脳が指令をだして、実行までに0.5秒、でも、ハンマー放す瞬間のタイミングは、0.03秒、このギャップをどういうアプローチで埋めるかですね。

 

Follow me!

前の記事

衣装協力

次の記事

お散歩会